ポジティブシンキングを頭から否定する人はいません。けれど、「ポジティブシンキング」という言葉は、聞こえが良いばかりであいまいなので、軽視されがちなのが実情です。現実の世界では「労働倫理」とか「粘り強さ」といった言葉ほど重視されていません。ですが、そういう見方を変えるべき時が来ています。
研究によってだんだんわかってきたのですが、ポジティブシンキングというのは単に「ハッピーである」とか「前向きな態度を示す」とかだけのことではないのです。ポジティブな考え方をすることで、生活の中に本物の価値が生まれます。単に笑顔を作れるようになるだけでなく、もっと長続きするスキルも身につきます。
〜ネガティブな考え方が脳に及ぼす影響〜
話が横道にそれていると思うかもしれませんが、ちょっとだけ付き合ってください。例えば、あなたが森の中を歩いていて、行く手にトラが突然現れたとします。こういう事態が起こると、あなたの脳にはネガティブな感情が生まれます。この場合は「恐怖」ですね。
これまでの研究によると、ネガティブな感情は脳をつき動かして、特定の行動をとらせます。この例で言うと、トラが行く手を横切ったらあなたは走り出すでしょう。それ以外のことは頭から消えてしまいます。あなたの頭にあるのは、トラのこと、トラを目にしたことで生まれた恐怖、そしてどうやってトラから逃げきるか、ただそれだけです。
言い換えると、ネガティブな感情はあなたの意識を狭め、余計なことを考えられなくしてしまうのです。トラを目にするまで、あなたには「木に登る」「葉っぱを拾う」、あるいは「木の枝を手に取る」という選択肢があったかもしれません。けれども、あなたの脳はこういう選択肢をすべて無視してしまいました。トラが目の前にいる状況では、そういったものは無関係に思えたからです。
原始社会で生きていくためには役に立つ本能でしょうが、現代社会においては、森でトラに出くわす心配などありません。問題は、それにもかかわらずあなたの脳はネガティブな感情に対して同じように反応するようプログラムされていることです。何かネガティブな感情が生じれば、脳は外からの情報を遮断して、選択肢を自ら減らしてしまうのです。
例えば、誰かと争っている時、人は怒りなどの感情にとらわれて、ほかのことが何も考えられなくなってしまいます。あるいは、今日中にやらなければならないことが山積みでイライラしていると、ToDoリストの長さを見ただけでやる気をなくしてしまい、何にも手をつけられなくなることもありますよね。また、運動や健康的な食生活がちゃんとできていないのを後ろめたく感じていると、「自分はなんて意志が弱いんだ」とか、「なんて怠け者なんだ」とか、あるいは「自発性がまったくない」とか、そんな否定的なことばかり考えてしまいます。
どのケースでも、脳は外からの情報を遮断して、恐怖や怒り、ストレスといったネガティブな感情だけに向き合っています。トラに遭遇した時とまったく同じです。ネガティブな感情が生じると、脳は目の前にある色々な選択肢を考えられなくなってしまいます。それは生存のための本能なのです。
〜ポジティブな考え方が脳に及ぼす影響〜
ポジティブな感情が脳にどのような影響を及ぼすかを調べるために、ちょっとした実験を行いました。被験者を5つのグループに分け、各グループにそろぞれ異なる動画を見せたのです。5つのうち、最初の2つのグループに見せたのは、ポジティブな感情が生まれるような動画です。グループ1には喜びがわいてくるような動画を、グループ2は心の安らぎを感じるような動画を見せました。グループ3は対照群で、見せられたのはたいした感情を呼び起こさないニュートラルな動画です。最後の2つのグループが見たのは、ネガティブな感情を生む動画でした。グループ4は恐怖を、グループ5は怒りを感じるような動画を見ました。
次に各被験者は、動画と同じような感情を生じさせる局面に遭遇した時、自分だったらどうしたいか書くよう求められました。被験者には、「I would like to ...」(私は〇〇したい)という書き出しの20行並んだ紙が手渡されました。埋めた行の数がもっとも少なかったのは、恐怖や怒りを引き起こす動画を見た被験者たちでした。一方、喜びや安らぎを感じさせる動画を見た被験者たちは、書き留めた「したいこと」の数が、ニュートラルな動画を見たグループと比べても著しく多かったのです。
言い方を変えると、喜びや安らぎ、愛といったポジティブな感情に浸っている時、人は人生の中により多くの可能性を見出すのです。ポジティブな感情によって可能性を見出す力が強まり、より多くの選択肢を意識できるということが証明されたのは、この発見が初めてと言ってもいいくらいです。けれど、話はそれだけにとどまりません。ポジティブシンキングの興味深い影響は、あとになって現れるのです...。
〜ポジティブシンキングがもたらすスキルの向上〜
ポジティブな感情の影響は、その感情が消えると同時になくなるものではありません。むしろ、ポジティブな感情がもたらす最大の影響と言えるのは、今後の人生でも役に立つスキルを身につけたり資質を育てたりする能力の向上です。実際の例を考えてみましょう。
木の枝にぶら下がったり友だちと遊んだりして屋外を走り回る子どもは、元気よく動き回る能力(身体的スキル)、他人と一緒に遊んで仲間と意思疎通する能力(社会的スキル)、そして身の回りの世界を探検して調べる能力(創造的スキル)が発達します。その子どもは、楽しさや喜びといったポジティブな感情を通じて日常生活で役に立つスキルを磨くのです。
このようなスキルは、元となった楽しさや喜びといった感情よりもずっとあとまで残ります。何年も経ってから、こうやって培われた運動能力のおかげでスポーツ奨学生として大学に行けるかもしれませんし、コミュニケーションのスキルによってビジネスマネージャーの職に就けるかもしれません。新しいスキルを探求して身につける際の原動力となった幸福感が消えてしまっても、スキルそのものは、のちのちまで存在し続けます。
ネガティブな感情はまったく逆の働きをします。なぜかと言えば、脅威や危険が目前に迫っている時に(行く手にトラが待ち構えているような時です)、将来役に立つスキルの形成など問題ではないからです。
この研究から、根本的な疑問が芽生えてきます。ポジティブシンキングが有用なスキルを磨いたり人生の全体像を思い描いたりするのにそれほど役立つというのなら、ポジティブになるにはどうすれば良いのでしょうか?
〜ポジティブでいるための3つの方法〜
日常生活の中でポジティブな感情を増やし、「拡大と形成」理論を活用するにはどうすれば良いのでしょう? カギとなるのは、喜びや安らぎ、愛といった感情を引き起こすさまざまな行動です。どういった行動が自分にとって良いのか、それはあなた自身がよく知っているはずです。それは、ギターの演奏かもしれません。あるいは、特定の相手と過ごす時間や、木彫りの小人を作ることかもしれません。
とは言うものの、役に立ちそうなアイデアを3つご紹介しましょう。
1. 瞑想
毎日瞑想した被験者グループは、しなかったグループよりもポジティブな感情が豊かであるとわかりました。このことから予想される通り、瞑想したグループのほうが、価値の高い永続的なスキルを身につけていました。
例えば、実験が終わった3カ月後の調査でも、毎日瞑想していたグループの被験者は、マインドフルネス(気づき)や人生における目的意識が高いままで、社会的支援への参加も積極的である一方、病気の兆候は減っていました。
2. 文章を書く
被験者となった90人の学部生を2つのグループに分けました。1つ目のグループは、3日連続で毎日、非常にポジティブな経験について書きます。2つ目のグループは、そうではない話題について書きます。ポジティブな経験について書いた学生たちは、3カ月後も気分が明るく、大学の医療センターを訪れる人も、病気になる人も少なかったのです(この研究結果は驚きです。ポジティブな経験を3日間書き続けただけで健康になれるなんて!)。
※原文筆者は、それまで気が向いた時だけ文章を書いていましたが、今は自身のウェブサイトに、毎週月曜日と木曜日に新しい記事を載せるようにしたそうです。記事の内容も、文章を書くプロセスに関するものが増え、この記事やこの記事では、どうすれば目的を見失わずにいられるかについて書いています。
3. 遊び
遊びの時間を生活の中に組み込みましょう。ミーティングや電話会議、週1回のイベントなど、やらなければならないことについてはスケジュールを立てますよね。遊びの時間についてもスケジュールを立ててみましょう。
純粋に物事を探求したり調べたりするだけのために、予定表にまとまった時間を書き込んだのはいつが最後ですか? 何かを楽しむための時間を意識して確保したのは? 「水曜日の会議に比べたら、自分が幸せになることなどたいしたことではない」と断言できる人などいないでしょうが、私たちは実際には会議のほうを優先しています。予定表のどこにも、自分が幸せになるための時間を書いておかないというのは、つまりそういうことです。
自分に甘くなりましょう。笑顔を浮かべてポジティブな感情の恩恵にあずかるのも、良いじゃないですか。遊びや探検の時間をスケジュールに組み込んで、心の安らぎや喜びを味わいましょう。それは最終的に、新しいスキルの探求と形成につながるのですから。
〜幸福と成功はどちらが先か〜
何かを成し遂げた結果として幸せを感じるのは間違いありません。試合で優勝するとか、いい仕事に就くとか、愛する人にめぐり合うとか、そういったことは人生に喜びと安らぎをもたらしてくれます。だからと言って、幸福は常に成功のあとからやってくるものだと思い込んでいるとしたら、それは間違いです。
あなたは今までにどのくらい、「〇〇が手に入ったらそれでいい」と思ったことがありますか?
あるいは「〇〇をやり遂げられたら満足だ」と思ったことは?
原文筆者も、ある目標を決めたら、それが達成できるまでは幸福感はお預けにしてしまいがちなことを認めています。けれど、Fredrickson氏の「拡大と形成」理論によって明らかになったとおり、成功につながるスキルを身につけるには幸福感が欠かせません。言い換えれば、幸福は成功の結果でもありますが、「前触れ」でもあるのです。
実際、多くの研究者たちがこれまでに、幸福な人たちに見られる複合効果、つまり「上昇スパイラル」を指摘しています。幸福な人は、だからこそ新しいスキルを身につけられ、そのスキルが新たな成功の元になり、その結果としてさらに幸せになる...このプロセスがずっと繰り返されるのです。
〜この知見を日常生活で活かすには〜
「ポジティブシンキング」は聞こえが良いだけのあいまいな言葉ではありません。確かに、「幸せである」のはそれだけでも素晴らしいことですが、そういう幸せな時間は、心を開いて、人生の他の分野で大いに役に立つスキルを探求し、身につけるために不可欠なものでもあるのです。
日常生活の中で幸福感とポジティブな感情を育てる方法を見つけておけば(その方法は、瞑想だったり書くことだったりストリートバスケの試合だったり、人によってさまざまです)、一時的にストレスを減らせたり笑顔になれたりするだけではない、もっと長期的な効果が得られるのです。
ポジティブな感情に浸ったり、何物にも邪魔されずに探究心を満たしたりする時間は、過去の経験を将来に活かす可能性が見えてくる時であり、スキルを形成してのちのち有益な才能として開花させるための準備期間であり、さらなる探求と冒険を求める衝動に火をつける時でもあります。簡単に言うと、あなたは喜びを求め、よく遊び、冒険を追い求めていれば良いのです。あとは、あなたの脳がやってくれます。
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